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inakalife-いなかくらし-

北海道の道北でいなかくらし。スラックライン、地域おこし、田舎暮らし、カメラ、RAW現像、デザイン、イラストについて。

田舎を経由してつながる縁。地域おこし協力隊の肩書とそこからみえてくるもの。

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出会いと移動距離

怒涛の出張イン・アウトプットの日々も今日で一旦一段落。遠別→札幌→遠別→東京→遠別→豊富。遠別から東京まで7時間半くらいの時間がかかります。7時間半といえば、東京からモンゴルのウランバートルに行けてしまう時間らしい。この5日間で結構な移動距離を稼ぐことができました。そんなイン・アウトプット過多な中、気づいたことやら何やらを残しておくことにします。

田舎経由の出会いで気づいたこと。

約2年前までは営業職のサラリーマンとして一日の大半の時間を仕事に費やしていた。今よりむしろ出会う人たちの数で言えば多かったし、新しい交流を求めて異業種交流会のようなものにも何度か参加したりもした。

今も交流が続く縁もあるけど、大半はfacebookで友達になったきり一度もあっていない方がほとんど。その出会いすべてが無駄だとは思わないけれど、今経験している出会いと比べればパンチ効いてないなーと思う。

そう思う原因は何なんだろうと考えてみると、結局問題があったのは自分だったのだろうなというところで落ち着いた。

自分は何者なのか。

小学生の頃までは、「自分は何か特別な人間なのかもしれない」みたいな良くわからない自意識を持っていて、当時のアニメの影響から学校の帰り道におでこに人差し指と中指を当てて目を閉じたら瞬間移動できるんじゃないか、とか丹田に力を溜めたら宙に浮くことができるんじゃないかとか割と本気で思っていた。

それは僕だけじゃないはず。じゃないと結構恥ずかしい。
なんてことない、自分は何者でもないということにしばらくして気付くことになる。

社会人になると自己紹介の場も増える。〇〇会社の〇〇です、なんて言いながら名刺交換。数ある会社の中の一人の営業マンとしての挨拶としては普通のことなんだろうけど、その挨拶の時点で一つの壁を作ってしまっていた。結局自分は何者なのか、ちっとも伝わらない挨拶。

 

「私」と周りの関係性を立体で考えてみた~都会は多面体、田舎は球?~

下甑島という鹿児島の離島で地域おこし協力隊をしている方が以前ブログでこんな記事を書いていた。

地域おこし協力隊として下甑島に来る前は福岡は天神でOLさんをしていた私。地下鉄に乗って通勤していて職場は繁華街でした。そんな都会(福岡)に住んでいた頃は周りに自分の「仕事の面」「趣味の面」「学生時代の面」などを使い分けて見せている感じがしてました。職場の人達は私が休日どんなことをしているか知らないし、趣味で繋がっていた人達は私が日頃どんな生活をしているか知らない、のような。時々「職場の人で休日も一緒に遊びに行く」という人もいましたがレアケース。

 

確かに、都会での生活は無意識のうちに自分を使い分けていた。当時、異業種交流会で知り合った方とわざわざ休みの日に会いたいとは思えなかったというのもその「壁」が理由のひとつなんだと今ならわかる。自分が何者なのか、相手に伝えることはなかなかどうして難しい。

自分の肩書きがはっきりすることで見えてくること。

当時と今の立場の違いを考えてみる。

当時と違って今は公私混同が著しく、「遠別で活動している自分」という肩書がはっきりしている。むしろそれしかない。そこから自分の好きなこと、やりたいこと、色々枝分かれはしているものの、根幹にあるのは単純なものだ。

単純な肩書になった分、初対面の人と出会う時、自分が何者か伝える時、すんなりと伝えられているように感じる。当時無意識で作っていたような「壁」が今はなくなったか、あったとしても薄いものになったのだろう。

自分の肩書き、立ち位置がはっきりしているということが出会いの質を変えたんだと思う。結局は自分次第だった。 

井の中の蛙でもいいんじゃないか。

小さな町、村で活動するということはその地域の一員になることが最初の一歩。

ということは、日本中約1,000人の地域おこし協力隊の中の一人であり、〇〇地域の町民の一人であり、その地域の中の協力隊何人かの中の一人になる。

ここまで細分化して自分の肩書きを掘り下げてみると、自ずと立ち位置もはっきりする。立ち位置がはっきりすると、出会いは変わる。一枚の名刺交換から、つながる縁も増えてパンチの効いた出会いも増える。

最近はそんな思いを噛み締めることが多くなった。情けない話ながらここにきて、やっと名刺交換の意味と楽しみがわかってきた。(以前は好きじゃなかった) 地域おこし協力隊というちょっとだけ希少な肩書きと、田舎の少ない人口の中の一人であること、その肩書きが自分にはとてもしっくりきているんだなぁと実感。

だから自分は井の中の蛙くらいがちょうど良い。大海があることを知っていて、たまに大海に足を運ぶ井の中の蛙。蛙はそんなに好きではないけど。

まとめてみる。

結局のところ、十把一絡げだった自分が田舎に行き手っ取り早くわかりやすい肩書きを持てたこと、それがしっくりきたことが今のパンチの効いた出会いをつないでくれている。

客観的に見ても今の自分はせいぜい「写真と似顔絵とスラックラインが趣味な三十路間近のメガネかけたちっちゃい男性」がいいところだけど、そこに「遠別町で元地域おこし協力隊で…」という飾りがついたことで少しだけブランド化につながった。

しっくりくる肩書きが見つかっただけで、今自分はこの地域の為に何をするべきか?なんてことはまだ見つかってはいないけれど、この地域で幸せに暮らす若者(?)代表としてこれからも色んな縁を探していきたい。

それがいずれ地域の為になるかもしれない、なんて淡い期待を抱いて。

 

突然ですが最後に最近胸に響いた記事をご紹介。

いつもグッとくるブログですが今回は特に響きました。

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